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2011年06月16日

うちのカメ吉

海風荘の玄関前の端っこで亀を飼っています。

この写真には写ってませんが、この写真の右端ぐらいに水槽が置いてあります。

今から8年前ぐらいに宇佐美を襲った大きい台風があったのだけど、その次の朝被害状況を見に、海岸へ行ったら、海の階段の端にいたのです。(でも、ウミガメではないです。)

その時はなんかガビガビしていて、具合悪そうだったから、おもわず拾って家へ連れ帰ってしましました。

それから「カメ吉」と名付けて、ずっと家で飼っています。でも、たぶんどこかの家で飼っていて、台風で流されたのでは?と思います。
なぜかと言うととにかく人影が見えると、ジタバタジタバタ、「ごはんくれくれ」攻撃が始まります。

そして、なぜか手から食べたがる。水に落としてもなかなか食べてくれない。

一緒に指も食べようとする(笑)

結構通りがかりのお子ちゃまたちに人気者なのです。  

Posted by 温泉民宿 海風荘 at 11:17Comments(0)民宿の事

2011年05月29日

ゆったり湯めまちウォークに参加しました。パート2.

part1の続き。

物見が丘にある物見塚公園は伊東市役所の隣にあります。
そこでお昼となりました。

そこに立派な郷土の英雄「伊東祐親」の像があります。
そういえば、昨日今日は「伊東祐親祭り」がありましたね。
源頼朝と自分の娘の間に生まれた子を殺したという伝承のため、冷たいイメージのある祐親ですが、実際は伊豆一円を統合し、伊東を庄の建設した、とても優れた人物であったようです。

しかし・・・もし、頼朝と娘との仲を認めていたら、今、伊東は古都として鎌倉のような地位になっていたかもしれませんね。まぁ~鎌倉のように幕府を開くとなると、ちょっと地理的に不便な場所なので、無理だったかもしれませんが。

昼食後、再び海の方へ坂を下り仏光寺へ行きました。

「仏光寺」は伊東に流罪にされた日蓮上人の祈祷により病を治してもらった伊東頼高の館跡に寺を建立したと伝承されているそうです。


その後「最誓寺」へ。ここは、伊東祐親の娘八重姫が頼朝との間に生まれた我が子千鶴丸の菩提を弔うために建てたと伝承されているお寺だそうです。このすぐ裏に頼朝とデートしていたという音無神社があり、それだけで、八重姫が頼朝との出会いをどんなに大事にしていたかがわかりますね。
なんか、ジーンとしてしまいました。
八重姫は頼朝と引き離された後、絵馬小四郎という人の内室になったようですが、その方の支援をうけて建立したそうです。


ここには伊東家の墓もあります。

樹齢600年のソテツの木もありますよ。すごく立派でした。


それから裏にある「音無神社」へ行きました。
伊豆に流された若き日の頼朝と八重姫が逢瀬を重ねた場所と言われています。近くにある「ひぐらしの森」で頼朝は八重姫が来るまで日暮らし過ごしたと伝えられているそうです。
ロマンチックですね~~~。
そのため音無神社は縁結びの神様でもあるようです。

また、お祀りされている神様は安産の神様で、拝殿の周りには底の抜けた柄杓がたくさん供えられています。

穴の空いた柄杓のように楽に出産したいという願いを込めて願かけをするようです。
またここでは奇祭「尻つみ祭り」(尻相撲)が行われます。

また、天然記念物の「タブの木」があります。


その後松川遊歩道を通り、伊東駅へ。遊歩道には伊東にまつわる色々な事が所々に掲示されていてとても興味深かったです。


今回もとても楽しいウォーキングでした。

  

Posted by 温泉民宿 海風荘 at 23:05Comments(0)観光

2011年05月24日

ゆったり湯めまちウォークに参加しました。パート1.

先日の日曜日、知人の「伊東歴史案内人」に誘われ、「伊東祐親一族と源頼朝ゆかりの地めぐり」にさんかいたしました。

本当は最初から参加したかったのですが、昨夜宿泊のお客様が多かったため、片づけをある程度してから参加したため、途中からの参加となりました。

行程は「南伊東駅集合 9:00出発~鎌田神社~稚児が淵~和泉橋~岡橋~葛見神社~東林寺~伝祐親の墓~物見が丘(昼食)~仏光寺~佐藤家~最誓寺~音無神社~松川遊歩道~いでゆ橋~伊東駅」でした。

私は岡橋から合流させていただきました。本当は「稚児が淵」があまり一人では行きにくい所だそうなのでそこへ行きたかったのですが、諦めました。

「稚児が淵」は伊豆に流された、源頼朝と伊東祐親の娘八重姫の恋の結晶である幼児千鶴丸が、平家をおもんばかる祐親のはからいで重しをつけて沈められたという言われがあります。
平安時代のロミオとジュリエット的な話が伊東にはあるのです。(伊東家は平家、頼朝は源氏だから)

岡橋で合流した後、まず「葛見神社」へ行きました。


ここには天然記念物の大クスがあり、パワースポットでもあります。伊豆半島では熱海来宮神社、河津来宮神社、葛見神社の3本が天然記念物に指定されています。

皆で周りをぐるりと歩き、パワーをいただきましたパンチ

次に「東林寺」ここは伊東祐親がわが子河津三郎の菩提を弔うために建立したといわれています。
有名な仇討の物語「曽我兄弟の仇討」の父親ですね。相撲が強く「河津掛け」の名のゆらいの人物でもあります。

かわいい咳止めのお地蔵さんもいらっしゃいましたので、咳が良くでる私は咳が止まるようお願いしました。



次は「伝 伊東祐親の墓」祐親の墓ではないかと伝えられているものです。皇太子様がまだ浩宮様だった時郷土史の研究で訪れたこともあったそうで、記念の碑が横に立っていました。


その後、伊東市役所隣の物見塚公園にて昼食となりました。

part2に続く。。。。  

Posted by 温泉民宿 海風荘 at 14:53Comments(0)観光